「神様のカルテ」を読んでしまいました。
・作者は夏川草介。涼しげな名前は本名じゃないでしょう^^;
・1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒。
・長野県の病院にて地域医療に従事。
・本作でデビュー。
読むきっかけは「秘密のケンミンSHOW」のはるみちゃんのブログだったりします^^;
彼女の評価は「ほっこり」。
なにやら 主人公の妻 ハルがお気に入りのようです。
読み終わって 確かに「ほっこり」感がありました^^;
登場人物に 悪い人間が出て来ないことも「ほっこり」に寄与していると思います。
主な登場人物を紹介していくと
・主人公の内科医・栗原一止(いちと)
・その妻で山岳写真家のハル
・同期の外科医・砂山次郎
・主任看護師・東西直美
・新人看護師・水無陽子
・御嶽荘(アパート)の住人・男爵(画家)と学士(大学院生?)
他に 消化器内科部長の古狸、副部長の古狐先生やら 患者やら・・・
個性的ではあるが 揃って「いいひと」ばかりなんである。
内科医になって五年目の栗原が勤務する病院は 信州・松本で「24時間、365日対応」を謳う「本庄病院」。
一般診療から緊急医療まで受け入れ 限られたスタッフで過酷な勤務体制を強いられる地域の基幹病院の内情が 主人公の眼を通して語られていく。
が、たとえ 患者が途絶えず、結婚記念日に帰宅できなくても まったく悲惨さが伝わってこないのは 主人公のキャラのせいだろうか?^^;
栗原は 学童の頃から夏目漱石を敬愛し 『草枕』に至っては全文を暗誦できるくらいに反読している影響か 話しぶりもいささか古風であり 病院では 変わり者で通っている。
智に働けば角がたつ、情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい
確かに自分も『草枕』や『こころ』を中学時代に読みました。
『草枕』は 入浴シーンやら かなり艶っぽいくだりがあったようなことを憶えていますが
他は忘れました^^;
『こころ』は 訳あって最近再読したんですが
かなりの美貌だと思っていた 先生の奥さんの描写が極端に少ないことに驚きました!
先入観で読んでいたんでしょうねぇ~
と、とにかく この物語の舞台が松本であることに ちょっぴり懐かしさを憶えました。
住んだことなんかないんですが この松本には現在も複数の友人がいて それぞれの結婚式などで 何度も遊びに行っているんです。
二度も三度も式を上げる奴もいて・・・^^;
物語に出てくる 松本城、深志神社、デーダラボッチ・・・そんな単語を拾うたび
何故か その友人達と過ごした日々が蘇ってきました。
で、本題にもどります。
・第一話 満天の星 は、登場人物紹介のような章です。
・第二話 門出の桜 アパートの住人・学士との別れの章です。
画家の男爵は たぶん「髭男爵」のイメージだったんでしょう・・・
流行・廃りは世の常ですが 今、乾杯時に「ルネッサ~ンス!」と言う勇気のあるものはいないだろうな^^;
・第三話 月下の雪 終末医療について主人公に語らせています。
最期に 末期患者のささやかな「望み」を叶えた栗原ではあったが これでよかったのだろうかと思い悩む。
自身の医師体験を通じて作者が書きたかったのは ここであると思います。
本文では
死にゆく人に、可能な医療行為全てを行う、ということが何を意味するのか、人はもう少し真剣に考えねばならぬ。
「全てやってくれ」と泣きながら叫ぶことが美徳だなどという考えは、いい加減捨てねばならぬ。
と 栗原に言わせている。
別のページでは
命の意味を考えず、ただ感情的に「全ての治療」と叫ぶのはエゴである。
末期患者に延命措置を願うことは「エゴ」とまで言い切っている。
最終的には 患者本人の意思を汲み取ることが正解なのかも知れませんが
看取る家族との関係もあり 本心を伝えられるのかもわからない。
特に患者が(両親はもちろんですけど)妻(夫)や子供だったなら 一分でも一秒でも永く一緒に過ごしたい
「生かして」欲しいと言うのが人情ではないでしょうか?
結局 患者本人の意思を察するには 日常からコミュニケーションを密にすることが必要であるし
それを実行するには 現在の地域医療の実態では不可能だと言うことを訴えたかったのかも知れません。
そして、
患者の死後 栗原に宛てた手紙を発見するシーンがある・・・
拝啓、私の大切な栗原一止大先生様
先生がこの手紙を読んでいらっしゃるということは、
私はもう夫に会いに旅立ってしまったあとなのでしょう。
この書き出しを読んだ時 やっぱり想い出してしまったのだ・・・
http://www.youtube.com/watch?v=Hc3gslzcDP4
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